建築士が「これから」身に着けるべきスキルについて解説
少子高齢化やコロナ禍、世界情勢の変動など、いままさに世界は大きな動きを起こしています。そのため、さまざまな業界において求められるスキルの質や内容に変化が生じています。本記事では、数ある業種の中でも建築士に絞って、これからの時代を生き残るうえで身に着けておきたいスキルを解説します。
建築業界の需要と供給の関係は厳しさを増している
近年、日本の建築業界は大きな変化と厳しい環境の中で推移しています。バブル期の絶頂期には、新設住宅着工戸数は年間160万戸を超えていたものの、リーマン・ショックが直撃した2008年には半減し、約80万戸まで落ち込みました。
その後は若干の回復を見せたものの、100万戸を超える水準には至らず、2020年のコロナ禍にはさらに着工件数が減少する状況となりました。
今後の予測では、2030年度には63万戸、2040年度には41万戸まで減少すると見込まれており、住宅需要の低下は長期的な課題となっています。このような背景の中で、建築士の業務環境も大きく変化しています。
新築住宅に関わる「建築確認申請」の縮小傾向
建築士の主な業務の一つであった新築住宅に関わる「建築確認申請」は、住宅着工数の減少により縮小傾向にあります。その一方で、リフォーム市場は拡大しているものの、すべての工事で建築士が必要とされるわけではありません。
こうした状況により、建築士は従来のように新築住宅の設計・申請業務だけで生計を立てることが難しくなっており、業界全体が厳しい競争と変化に直面しているといえます。
建築士の高齢化
また、建築士の高齢化も大きな問題です。令和元年時点の建築士登録者数は、一級建築士約37万人、二級建築士約77万人、木造建築士約1.8万人とされており、一級建築士の平均年齢は50代後半に達しています。
30代は全体の15%程度、20代に至っては1%未満という状況で、若手建築技術者が極端に少ない状態です。このまま高齢化が進むと、技術継承や業務の効率化が課題となり、建築士不足が社会問題化する可能性も指摘されています。
業務内容の多様化
こうした中で、建築士の業務内容は多様化しており、新築住宅の設計に加えて、中古建築物に関わる仕事の重要性が増しています。具体的には、老朽化した建物の建て替えや再開発、既存建物の診断(インスペクション)、建築基準法に基づく定期報告制度の調査業務、リフォームの設計・デザインなどが挙げられます。
また、不要になった建物の解体工事においても、建築士の知識や技能は不可欠です。このように、新築工事だけでなく、中古建築物も含めた建築・不動産全体の有効活用において、建築士の存在は依然として重要な役割を担っています。
しかし、業務の多様化に伴い、建築士の負担も増加しています。とくに中古建築物に関連する現場調査やリフォームの設計などは、従来以上に現場での対応が求められ、高齢化する建築士にとっては身体的な負担が大きくなります。
建築業界は従来から「3K(キツイ、汚い、危険)」と言われる仕事が多く、建築士も例外ではありません。若年層の技術者が減少する中、高齢化する建築士が効率的に業務を遂行し、継続的に活躍するためには、新しいスキルや技術の習得、効率的な業務フローの確立、さらにはITやデジタル技術の活用などがますます重要になってきています。
これからの建築士に求められるスキルとは
現代の建築業界では、建築士が生き残るために求められるスキルや役割が従来とは大きく変化してきています。これまで建築士は、敷地調査や基本設計、プランニング、図面作成、設計見積り作成など、建築に関する専門知識と経験を駆使して業務を遂行してきました。
しかし、近年急速に進化するAI技術の登場により、こうした従来型の作業はAIによって代替可能になる可能性が指摘されています。とくに調査業務や設計図作成、資料作成といった定型的な作業はAIにとって得意分野であり、将来的にはこれらの業務の一部をAIが担う時代が来ることが予想されます。
すべての業務がAIで代替可能というわけではない
しかしながら、建築士が完全に置き換えられるわけではありません。AIには現状、人間の感情や価値観に寄り添う能力はなく「提案」や「交渉」といった人間同士の対話を伴う業務は、建築士が生き残るうえで不可欠な分野であるといえます。
例えば、AIによって作成された図面やデータを元に、施主や関連業者と折衝し、意見や要望を調整して最適な提案を行うことは、人間である建築士にしか担えない役割です。このような業務こそ、建築士がAI時代でも活躍できる領域であり、将来的な競争力の源泉となります。
これからの建築士に必要なスキル
そのため、建築士は従来の建築知識を深めることに加え「コミュニケーション能力」や「営業力」「集客力」といったヒューマンスキルの習得が不可欠となっています。
とくに建築士は高齢化が進む業界であるため、向上心を持ち続け、積極的に勉強会や関連書籍で学び続ける姿勢が求められます。技術職でありながらも、人とのやり取りを円滑に行い、信頼関係を築く力が、今後の活躍のカギとなるのです。
伝える力もこれからを生き抜くためのポイント
さらに、建築士は技術力だけではなく「伝える力」を備える必要があります。社会一般において建築士は「堅物」「先生」といったイメージを持たれがちです。しかし、実際の業務では相手の意見や要望に耳を傾け、上手にまとめ、納得してもらう能力が重要です。
とくに住宅工事の現場では、施主は建築に関する専門知識を持たない場合が多く、法規制や予算、設計上の制約を理解してもらうためには、わかりやすく説明する力が求められます。
無理に断るのではなく、要望に寄り添いながら最適解を提案し、合意を形成するスキルこそが、建築士としての真の価値を高めるのです。
良好な人間関係を構築するためのコミュニケーション力も必須
建築業界は複雑な人間関係のネットワークの中で成り立っており、建築士にとっても良好な人間関係の構築は不可欠なスキルとなっています。
建築士の業務は、施主や設計事務所、元請業者、下請業者、施工業者など、多岐にわたる関係者と連携しながら進められるため、単に専門知識や設計技術を持っているだけでは十分ではありません。業務を円滑に進め、信頼を得るためには、高度な「コミュニケーション能力」が必要です。
優秀な建築士のほとんどは設計の技術力だけでなく、コミュニケーション能力に長けています。施主にはていねいに接し、相手の要望を正確に理解する一方で、関連業者や下請けに対しても上から目線で指示するのではなく、適切な関係を築きながら指導や調整を行うことが求められます。
このバランス感覚こそ、建築士としてプロフェッショナルであることの証であり、信頼関係の基盤となります。とくに近年、AIの導入により建築士の業務の一部が自動化されつつある中、人間同士の対話や信頼関係を構築できる能力は、建築士が差別化し生き残るための重要な要素となっています。
一方的に指示を出すだけの建築士では、顧客や業界内での評価を得ることは難しいでしょう。施主との打ち合わせにおいては、言葉や仕草、会話の中に潜むニーズや本音を読み取り、要望を形にしていく力が必要です。
表面的な依頼内容だけを計画するのではなく、深層心理に潜む希望や課題まで汲み取り、最適な提案を行うことが真の建築士の仕事と言えます。また、コミュニケーション能力は施主との打ち合わせだけでなく、関連業者や元請業者との折衝や協議にも活かされます。
信頼関係を築くことで、円滑なプロジェクト進行が可能となるだけでなく、人間力が高まるほどに、良質な仕事や新しい仕事の機会も自然と呼び込めるようになります。
このように、建築士にとってコミュニケーション能力は単なる補助的スキルではなく、業務遂行の根幹であり、将来にわたって生き残るために不可欠な能力と言えるでしょう。
まとめ
現代の建築業界は住宅需要の減少や高齢化、AIの台頭など、従来とは大きく異なる環境に直面しています。その中で建築士が生き残るためには、単なる設計力や知識だけでは不十分です。求められるのは、AIでは代替できない「提案力」「交渉力」「伝える力」といったヒューマンスキルです。施主や関連業者との信頼関係を構築し、要望の本質を汲み取り最適解を提示できる能力が、真の建築士としての価値を高めます。さらに、営業力や集客力の向上、ITやデジタル技術の活用も欠かせず、幅広いスキルの習得こそが、変化する業界で活躍し続けるカギとなるのです。